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ひで屋、5年10ヶ月後の平成27年8月末 閉店致しました、皆様 お世話に成りました。こちらのブログは暫く残しておきますので、御自分が写っている写真を取り込む等使ってくださればと思います
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三年前、

震災直後の 3月末



東京に 母と妹を訪ねた時の出来事を 書いていたのだが

筆ススまず



3年間 手をつけずにいた物



東京再訪を機に 思い立ち、書きまとめてみた





以前ブログで


私は、著者の意思表現、創造、想像の多い小説、純文学は興味無く


史実、伝記、教義本等しか読まぬ云々を書いた事があるが


その説明の様な感じにも成ろうか






震災体験の感慨は


3年の月日と共に 若干稀薄されているだろうし



今読んでも、面白くない内容かもしれないが



3年経ったから書けている という感もあり



せっかくブログ用にと 書いた物なので

載せてみる









私と書物  震災直後の 神田訪問





書物との めぐり逢いは


人との めぐり逢い同樣


なかなか 味わい深く



来るべき時に 来るべき書物が めぐって来るものだ






心気充実し、強く求める心持ちで 書棚の前を歩くと


無意識に、手が伸びる 背表紙がある





「 ほのかに 光を放っている 」とでも言おうか




背表紙の文字、タイトル、デザインではない


” 何か ” が、



私の気を惹き 手を伸ばさせる





その様な場合


手に取り、開いてみれば


ほぼ 百発百中



意に沿う内容に、意気高揚し


もとめる事になる







転じて、 気ぜわしい時、


または、こちらが弱気で


古人の逸話から 何らかの刺激を求めたい などという

少し浮き足立った 心持ちのときは



背表紙が 語りかけてこないもので




面白そうなタイトルにまかせ 数冊抜き出してみても


心に留まるものはなく


手ぶらで帰る事に 成ってしまう






しかし時として


私の、意、気、にかかわらず



思いもかけぬ ドキリとする 出逢いもある




あくまで私の 古書店での経験であるが











3年前の震災直後、2011年 3月末、



東京に越したばかりの 母、妹の新居に立ち寄り


午後3時、





まだ 気持ちの落ちつかぬ私は



明るいうちに、真っ直ぐ仙台へ戻ろうか、


気分転換に、神田の街を散策しようか迷っていた





そのままの気分で 古書店街へ出向いても


集中して買い物は出来ない、


善い出会いが無い事は 感じていたのだが




ちょっとした変化、なにかしらの刺激を求め



世界最大の古書店街


神保町へと 車を走らせた






コインパーキングに車を入れ


すずらん通りから靖国通りと 縦横に歩いて行くが



この日は

入り慣れた店へも 足を踏み入れる気には成れないまま


ただ ブラブラと 歩き続けた









 


密集した古書店街の 西端に近い一角、


馴染みの書店 叢文閣(そうぶんかく)が 入るビル



その前まで歩き 立ち止まる


 



書店の看板を見つめ、


5分、10分、、しばらく その場で考えたのち



やはり 店には入らず



駐車場へ 引き返した








停めたままの車


運転席に座り




気分転換にすら 成らないのではないか?


無駄な時間、、



しかし、このまま真っ直ぐ帰っても 何も変わらない、、


せっかく 神田まで来たのだし、、




しばし 自問自答のすえ




悶々とした気分に 横槍を入れること、 無駄では無いか、と



車を降り 再び、叢文閣書店のみを目指し歩き出し



なかば無理矢理 階段で二階へ登り、店内に入った













 






「 こんにちは、ちょっと見させて下さい 」





「 ああ、渡邊さん!


  心配しておりましたが、連絡するのも何かと思い、、


  ご無事でなによりです! 」





二代目の陽明さんが 暖かい言葉を掛けて下さり


二言、三言、さらに言葉を交した




気持ちがなごむ



やはり 来て良かった





震災後、このような 血の通った対話に


心やすらぐ思いを 実感した人は 多いと思う






なんとなく気分も上がったので


せっかく来たのだし、と


蔵書1000冊以上在る武道関係の書棚前に 足を向けてみた






集中しようと努力したが

それでも



書棚全体は、薄い霧が掛った様な おもむきに感じられ


どうも いけない





目が、

背表紙の上を ツルツルと滑っている感じである




宗教、幕末明治、伝記。日本、東洋思想へと進んで行くが


手も足も出ない という具合であった





いや、

陽明さんと 会話が出来ただけで 良しとしよう



2階まで 階段を登ってきて良かったと


努めてポジティブに思考しながら




グルリと店内を廻った終盤、



目の前は 安岡正篤の著書群





半分位は 所有していたが



未読の 「 童心残筆 」 に、 ふと 手が伸びる


昭和15発行、18年6版目の物だ





前書きに目を通し、目次を開くと



「 津波 」 という章題が 目に入る



津波!?、、、中国の津波の話か?、、





その章を開き、読み始めてみると


それは

東京湾目前、月島に住んでいた 当時19歳の安岡正篤氏が



「 大正6年の大津波 」体験を 詳細に記述したものであった






深夜の満潮と 台風とが重なり、


全壊、流出家屋 4万5千482軒、 床上浸水 19万4千698軒


死者、行方不明者 1、301人の大被害






真夜中、住居一階の浸水に気づいてから


三十数人を 二階の窓より家内に引き入れた時の状況、


窓から見た光景、翌朝の状景、近所の人の体験談等を克明に記した物で




その実況解説的な文章は


テレビや、ネット上で 何度も繰り返し見た

気仙沼、塩釜等の住宅地、商店街における 津波侵害映像を


まさに 解説しているかの様な、酷似した、なまなましい もので




私の頭の中では


文面上の月島の状景が


地元宮城とオーバーラップし


映像として再現される という風な具合で



どっぷり引き込まれてしまい




なんとも言い得ない緊張感を 味わった








そのまま 15分、20分ほど、その場で立ち読みしただろう




本を閉じ


レジの方へ ふり返った時、


薄い霧は晴れ 店内が少し鮮明に見えた様な気がした





「 陽明さん、今日は これを頂きます、1冊だけでスミマセン 」




私の顔を観た 陽明さんは


お隣に居た お母様に小声で何か呟いたあと、



「 渡邊さん、それはどうか お納め下さい、お見舞いの気持ちです 」 と






私は、ひとつ 長い溜め息をつき



素直に諾し お言葉に甘えた






震災直後から 涙もろくなっている











なんたる顛末








気が乗らぬまま、無理矢理 二度も足を運んだ古書店



何千冊と在る蔵書中、 ” 唯一 ” 手に取った 安岡正篤に


生々しい 津波の体験談




それにより、にわかに 我に返った自分




さらに それを


御厚意により 無償でいただく












眼が うるんだまま 礼をのべ、 叢文閣を辞し



薄暗く成った靖国通りへ出ると


何処へも寄らず 足早に駐車場へ戻り



車の運転席で すぐ、「 童心残筆 」を読み始める





それは、中国古典解説の類ではなく


安岡氏の 若く熱い気概ハジケる エッセー集に近い好著で




いよいよ私は元気に成り



数時間、その場でザーッと読み切ってしまった




くすぶっていた 燃えさしが


赤々と 音をたて燃え盛るような気分を味わう






こういった、様々な御縁、


先哲偉人に はげまされ


私の人生後半



育てて頂いており




その、先哲偉人の 事跡、言葉、薫りを



現代においての 日常生活上に生かすべく


身の回りの方々に 解かり易く紹介、体現する事が


今後私の ライフワーク、職責と自任するところである






高額に成ってしまった駐車料金も なんのそのと



私は 独り 静かに燃え



夜の高速を 仙台に向かった













=================






在米中 20代後半、



私の 一大転機となる


幕末 ”人物 ” の 書跡、 旧日本兵遺品 との出会いを切っ掛けに



私は、智、指針、範を


禅僧、武家の思想規範、先晢偉人の伝記、中国古典等に求め、



理想の人間像、日本人男性像を かたちづくる事



いわゆる 知識の蓄積ではなく


日常生活での実践、を 面目としている





ものごころついた20代後半から 37歳帰国までの約十年間は

アメリカに住んで居たため、



高徳の禅僧、立派な剣道の先生等との めぐり逢いも


容易に 叶うものではなく




私はそれを 歴史上の人物の 伝記、著作等


いわゆる 古書に、又、墨蹟、書跡中に求め



多くの人間先輩方に、人生後半 育てて頂いた





活字よりは ナマの人間、肉声であり


良縁あれば 万里を走る心持ちであるが



古書、墨蹟、書跡に親しむ習慣は いまだ積極的に続いている






趣味は無く、


酒も飲まぬので 飲み歩きもしない



2万円の軽自動車、自転車通勤



ありがたい事に

時おり Tシャツ等衣類を 友人知人から頂ける事が有り


売れ残った古着もあるので

衣は 足りている




諸々の支払い、娘への仕送り等 済ませた後


5千円、1万円、

手元に残る事が まれにある



私の お小遣いだ





贅沢な物を食べたり、酒を飲みに行けば


2、3時間で無くなる金額だが




私は、年に何度かの そのお小遣いで


古書店、書画屋等に 古書、書跡、墨蹟を求め、



また、楽しみとして

応援したい アーティストの作品を購入したりもする






わずかな小遣いで買える古書中には


素晴らしい先賢、先哲、実践求道修行者の言葉、事跡が詰まっており


金銭にかえがたい 感激、愛情、叱咤激励を与えてくれる




それは、私にとって 無限の栄養の泉であり




鄙(ひな)の地に 一灯を燈すの志で


咀嚼理解、体得、日常実践



いわゆる 安岡正篤氏の 実学というところか




それが私の 読書のカタチである








今回は、書物、古書店での出来事を書いたので


自己紹介がてら ついでに書いてみた





20年以上も前の 私の印象をいまだお持ちで


ひで屋は 怖い所でしょ、という方も今だ居る様だし



しかし私は、

昨日の自分には満足しない というような性分なので


日々更新



どうか新鮮な気持ちで 気軽に遊びに来て頂ければと思う








そして、

あらためて ご紹介したいのが 神保町 叢文閣書店



ネットが急速に普及し出した1995~98年頃から


日本に居た妹へ頼み、通販でも大変お世話に成っていた古書店で



私の求めた 武道、東洋思想、禅、幕末、偉人、


特に 東洋、日本思想、武道や、山岡鉄舟周辺は 細部にわたって強く、


知識教養素晴らしい お父様の仕入れが


私個人には ドンピシャり


本当に 育てて頂いた お店であります




私のブログを 読んで下さっている皆様も


人生の転機と成る1冊、出会うかも知れません



お勧めの ” 泉 ” であります



良縁有ります事を





 

叢文閣御主人、奥様、私よりも一回り大きい陽明さん。お父様の ”命名” 素晴らしいです




叢文閣書店

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-9 大雲堂ビル2階

TEL: 03-3233-2332
FAX: 03-3233-2348
Email: info@sobunkaku.jp

ホームページ http://sobunkaku.jimbou.net/
営業時間 10:00-18:30
定休日 日曜・祝日






こちら 叢文閣書店で御縁を頂いた物の中でも特に 思い入れ強い代表格三点を

紹介させて頂き 閉じたいと思います





其ノ一



「 下斗米大作實傳 」 大正11年


武芸百般 平山行蔵門下の四天王筆頭といわれる

岩手県の英雄的な 相馬大作についての伝記資料本。

ここ20年で 私は2冊しか見た事が無い。

南部、津軽の敵討ちが有名であるが

剣術、砲術に長けていただけではなく

北海道をロシアの侵略から守る事に苦心した人物で

二戸民族資料館に沢山の遺品等が展示されており

今でも、新しい資料が暫時発見され続けている。

岩手、東北の方には特に知って頂きたい相馬大作氏。

きっかけとして、

青柳武明著「平山行蔵」は比較的安価で容易に入手出来、

また、二戸民族資料館への訪問も御勧めします


 
二戸民族資料館


 
二戸民族資料館











其ノ二



「剣道教範」 柳多元治郎著(旧姓 甲田) 明治44年


山岡鉄舟直弟子で ただ1人 本格的剣道本を著した、宮城県出身の剣道家であります

実家は織物業を営むが、家督を弟に譲り 剣道の専門家へ

(甥は仙台平重要無形文化財 人間国宝の甲田榮佑氏)

本書は一刀正傳無刀流、剣道の団体教授法等を説いた物で

山岡鉄舟春風館で修業、島根県で剣道教授の後仙台へ、

現 東北大学剣道部、宮城県武徳会等で剣道指導をし

広瀬川河畔、現 土樋にて剣道場を開く

宮城、東北で剣道を学ぶ若い人達には是非知って頂きたい人物。

このれもナカナカ出ない稀少本で、現存数はかなり少ないと思われる

叢文閣さんで二冊 御縁を頂き、これ以降見ていない












元治郎先生は 絵画にも達しており

鉄舟先生の死後、師の肖像画を書き、刷り物にして希望者に配布した







刷り物であるが、賛をした勝海舟、元治郎の印は朱肉捺印である。奇跡的御縁で巡り来た



俗な例えを出すが、空手をする知人が多いので

極真空手の苦行100人組み手は、春風館の立ち切り誓願がモデルといわれている

元治郎先生は春風館で、1日200面、3日連続600面の立ち切りを修している








其ノ三



大日本武徳会会報揃 昭和7年1月~


ゆみやもて 神のおさめし わが国に うまれしおのこ 心ゆるぶな


で始まる 大日本武徳会 会報第一号からの揃い

表紙がある和とじ、ハードカバー本と違い

”生存” 可能性低い 会報のたぐい、ましてや その揃いは

死ぬまで二度と 出逢わないと思われる


一番上と、一番下の会報にヤケ、痛みはげしく

状態等を下見させて頂いた際、

中の具合はどうだろうと

真ん中あたりを 試しに ザクッと開いてみたところ

なんとそこは、上記、柳多元治郎先生 訃報記事のページであった


柳多先生に


「 身に成ります、もとめなさい 」 と言われた感に ゾーッと 鳥肌立ち


即決


しかし金が無い、

しかしどうしても手に入れたい、

恥を忍んで 無理に分割払いをお願いしたが

細々とした自営業故 毎月定額支払える目途も立たず、、

身の回りの物を売り、一年後に支払をさせて頂いた

感動、感謝の逸品
























































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渡邊秀樹
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非公開
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ひで屋 5年10ヶ月お世話になりました、2015年8月一杯を以って閉店いたしました。
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